北角裕樹さんがミャンマーを取材する理由はなぜか【顔画像あり】

  • 2021.04.19
  • 2021.07.14
  • 政治
北角裕樹さんがミャンマーを取材する理由はなぜか【顔画像あり】

4月18日夜、北角裕樹さん(45)がミャンマーの治安当局により逮捕され、現地の刑務所で拘束されています。

北角さんは、今年2月にも取材中に拘束されており、これで2回目になります。

北角さんは、なぜ危険を冒してまでミャンマーでの取材を続ける理由についてまとめてみました。

 

北角裕樹さんがミャンマーを取材する理由

最初にミャンマーに注目した理由

日経新聞記者の頃から海外で取材したいという気持ちがあり、その時ちょうど北角さんの目に留まったのがミャンマーでした。

当時(2014年)メディアから最も注目されていた国に行ってみようと決心しました。

(中略)

その中で、総選挙を控えたミャンマーの状況を自分の目で確かめたいとの思いが強く、ミャンマーに行くことを決心したのです。

引用元:アセナビより

当時のミャンマーは、民政復帰後の初めてとなる総選挙が控えた激動の年でもあり、世界のメディアからも大変注目されていました。

「メディアから注目されている国に行ってみたかった」というだけで、ミャンマーに物凄い強い思い入れがあったというわけではないようですね。

 

「日経新聞記者→中学校長→ミャンマー」北角さんの異例な経歴

そんな北角さんですが、日経新聞記者を辞められた後、中学の校長も務めたことがある異例の経歴の持ち主です。

当時の大阪府知事であった橋本徹氏の呼びかけで、市立小中学校の校長公募が実施され、外部公募928名のうち11名が合格し、その中の1人が北角さんでした。

ですが、以下のようなトラブルが教員や保護者との間で後を絶たなかったため、翌14年の7月に退任しています。

 

・1年生に向かって『君たちの授業には1時間当たり千円の税金が使われていることになる。つまらない授業なら千円返してもらうよう先生に言いなさい』と発言。

・修学旅行のラフティング(川遊び)で生徒をボートから突き落とし、さらにその上から乗って川に沈め生徒を怖がらせた。

・地域との連絡について教頭と口論、業務を中断させてまで精神的に追い詰め謝罪を強要、教頭が土下座して業務に戻らせてもらう。

こうしてみると、教育業界にはあまり似つかわしくない言動が目立ちますね。

校長を退任した同じ年、北角さんはミャンマーへの移住を決意します。

 

北角さんが移住した頃の激動のミャンマー

北角さんが移住を決めた頃のミャンマーは、半世紀ぶりの民政復帰後の初めてとなる総選挙が控えた激動の年でもありました。

元々ミャンマーは軍が政権を握る社会主義国家で、88年の民主化を求めるデモが弾圧され軍政が始まった経緯があります。

抑圧された自由のない生活に反発する人は多く、軍政に反対し続け、15年間自宅で軟禁させられたアウンサンスーチーさんも有名ですね。

そして2015年の総選挙で国民の民主化を求める思いが勝利し、長い軍政が終焉を迎えました。

 

「この歴史的瞬間を自分の目で見て、発信したい」という元々記者であった北角さんの思いが、ミャンマーへの移住を決意させたようです。

 

北角さんが見たミャンマーのメディア

北角さんは2014年からヤンゴンに移り住み、現地での取材を続けフリーペーパーの編集長を1年続けています。

取材を通し、北角さんはミャンマーの現状を目の当たりにしていきます。

「ミャンマーは長らく続いた軍事政権下の言論統制で、メディア人材が極端に不足している。」

長年培ってきた記者魂が北角さんの心に火をつけ、2016年に「ヤンゴン編集プロダクション」という会社を立ち上げ、

現地のメディアを盛り上げるため、ジャーナリストやクリエイターの育成などに奮闘されています。

 

 

(おまけ)ヤンゴン編集プロダクションってどんな会社?

北角さんが代表を務めるヤンゴン編集プロダクションの事業内容について少し見ていきます。

 

事業内容
ニュース記事、映像作品、雑誌編集、
メディア人材の育成
PRについてのコンサルティング、アドバイザー

引用元:ヤンゴン編集プロダクションHP

現地の情報を発信するだけにとどまらず、北角さん自身がメガフォンを撮りオールミャンマー人のコメディ映画も製作され、各国で高い評価を得ています。

また、メディア人材の育成にも力を入れており、折々にマスコミ業界に強い関心のある若者を日本からミャンマーへ招き、インターン生として情報発信を学んでもらう活動もしています。

 

【まとめ】北角さんがミャンマーで取材を続ける理由

初めは、「ただ話題になっていた国だから」という理由で現地に移り住んだだけでしたが、現地での取材を続けるうちにミャンマーの本質的な課題が見え、それを打開するべく奔走するうちにミャンマーへの愛着が湧いてきた様子が垣間見えました。

 

一日も早い解放を願います。

 

 

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